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広島高等裁判所岡山支部 平成6年(行コ)2号 判決 1996年3月28日

岡山県倉敷市児島味野四丁目四番一三号

控訴人

大中尊夫こと大中髙重

右訴訟代理人弁護士

篠原芳雄

篠原由宏

中野正人

岡山県倉敷市児島小川五-一

被控訴人

児島税務署長 小野好彦

右指定代理人

村瀬正明

徳岡徹弥

赤枝京二

杉本了介

伊奈垣光宏

清水利夫

登川幹雄

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、控訴人に対し、昭和六一年三月七日付でした昭和五五年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分(以下、「本件青色申告承認取消処分」という。)を取り消す。

3  被控訴人が、控訴人に対し、

(一) 昭和六一年三月七日付でした

(1) 控訴人の昭和五五年分の所得税の更正のうち総所得金額一一一万円、納付すべき税額六万二一〇〇円を超える部分及び同年分の重加算税賦課決定

(2) 控訴人の昭和五六年分の所得税の更正のうち総所得金額二二九万五一〇〇円、納付すべき税額三七万一一〇〇円を超える部分及び同年分の重加算税賦課決定(但し、平成二年七月九日付審査裁決により一部取り消された後のもの)

(3) 控訴人の昭和五七年分の所得税の更正のうち総所得金額一六一万七五〇〇円、納付すべき税額一〇万六六〇〇円を超える部分及び同年分の重加算税賦課決定(但し、平成二年七月九日付審査裁決により一部取り消された後のもの)

(4) 控訴人の昭和五八年分の所得税の更正のうち総所得金額五二三万〇二〇〇円、納付すべき税額一二〇万八三〇〇円を超える部分(但し、平成二年七月九日付審査裁決により一部取り消された後のもの)

(二) 昭和六一年一二月四日付でした控訴人の昭和六〇年分の所得税の再更正のうち総所得金額四六一万七二二三円、納付すべき税額七万六六八〇円を超える部分及び同年分の過少申告加算税賦課決定

を、取り消す。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

一  双方の事実上の主張は、次のとおり控訴人の主張を追加・補充するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決五枚目裏九行目「所得税施行規則」を「所得税法施行規則」に改め、同六枚目表四行目と五行目との間に行を改めて「また、所得税法一五〇条一項一号が所定の帳簿書類の備付け、記録及び保存がないことを青色申告承認取消事由とした法意は、その事実が青色申告を維持できない結果をもたらすので、その制裁措置として青色申告承認を取り消すこととしたものとみるべきであるから、青色申告者が税務職員の質問検査に対し帳簿書類を提示して調査に応ずる義務があるのにこれに応じなかったため、帳簿書類の備付け、記録及び保存がなされているかどうか真偽不明となった場合には、その調査拒否という義務違反事実から、その制裁として、同法一五〇条一項一号の所定の帳簿書類の備付け、記録及び保存がされていないとの事実を推認することができるものというべきである。」を加え、同裏末行「本件仕入ノート」を「本件仕入れノート」に、同八枚目表一二行目「所得税施行規則」を「所得税法施行規則」に、同一一枚目裏七行目「を受けた昭和四八年大蔵省告示」を「及び昭和四二年大蔵省告示一一二号」に各改め、同一三枚目裏三行目「一律」の次に「一か月」を加え、同五行目「本店」を「児島店」に、同行「借名名義」を「借名預金」に、同一四枚目表六行目「(別紙四参照)」を「(別紙七参照)」に各改め、同一四枚目裏八行目「区別がつかないこと、」の前に「いずれの服の材料とされたかの」を加え、同一五枚目裏八行目「継続」を「係属」に改め、同一九枚目表六行目「(一) 事業所得の金額」の次に「(別表一一、一二参照)」を加え、同二〇枚目表二行目から同裏末行までを「控訴人には、本件青色申告承認取消処分により、租税特別措置法二五条の二(昭和五九年法律第六号による改正前のもの。みなし法人課税を選択した場合の課税の特例)は適用されず、昭和五八年分の給与所得、配当所得は総所得金額に含まれないので、同年分の控訴人の総所得金額は前記事業所得金額と同額となる。昭和六〇年分についても、同様にその総所得金額は前記事業所得金額と同額となる。」に、同二二枚目裏一一行目「本件更正処分」を「更正処分」に、同二三枚目表末行「租税特別措置法二五条の三第三項三号」を「租税特別措置法二五条の二第三項三号」に、同二六枚目表一行目「所得税施行規則」を「所得税法施行規則」に、同裏六行目「本件日計表」を「本件現金出納日計表」に、同二八枚目裏五行目「忘備的に」を「備忘的に」に、同三〇枚目表一行目、七行目、九行目及び一一行目の各「両立」をいずれも「両建」に、同裏一一行目「採決書」を「裁決書」に、同三一枚目表二行目「応じなかったとは」を「応じなかったとの事実は」に、同三二枚目裏一〇行目「公表外預金」を「公表外定期預金」に各改め、同三四枚目裏八行目「とどまった。」の次に「また、手作業であるためその利益率も低い。」を、同末行の次に行を改めて「4 抗弁4ないし6について」を、更にその次に行を改めて「すべて否認ないし争う。」を各加える。)。

二  控訴人の追加・補充主張

1  本件調査の違法について

控訴人に対する本件各処分は、広島国税局直税部(現課税第一部)資料調査第二課実査官三嶋至(以下「三嶋実査官」という。)が別件の査察事件で田川株式会社(以下「田川」という。)に対して行った反面調査によって得た資料に基づきなされたものである。

しかし、別件の強制調査によって得た資料をこれとは別個の本件任意調査に引用することは、本件の調査における質問検査権(所得税法二三四条)を侵害するもので、違法である。

また、別件の査察事件から資料を引用することは査察官の秘匿義務違反である。

2  別注勘定について(抗弁1の(二)、同2の(一)に対する反論)

(一) 別注勘定とは、控訴人の経理処理上、特別注文勘定の縮小用語である。

本件の「学ラン」のように、通常の学生服や作業服の製造と異なり、表生地や裁断・縫製の仕様に注文者の特別の注文があって、表生地が通常ルートでは仕入できないか田川のように表向き控訴人に表生地の原反の納入を避けたいとき、取りあえず控訴人において表生地の仕入代金を手持ちの売上現金で立て替えておき、「学ラン」の売上金の内からこの立替額を充当するものである。

この「学ラン」の売買において、立替額は充当により当初の売上現金に欠けることはなく、この結果として売上勘定に残る「学ラン」の売上金額と立替充当額との差額は、いわば実質上「学ラン」の工賃ということになる。

別注勘定は、この間の控訴人の大阪店と児島店間の現金のやりとりを備忘的に残すために設けた勘定に過ぎない。即ち、控訴人は、田川からの連絡で原反入手予定数が決定されると同時に大阪店に連絡し、同店の売上金から現金を引き出して(なお、大阪店の売上額は引出額を除いた当日の有高となる。)、その日のうちに児島店に現金輸送して田川にこれを支払い現金決済していたもので、その具体的な会計処理は、原審で既に延べたとおり(原判決二八枚目表三行目から同二九枚目表三行目まで)であって、利益に何の関係もなく、備忘上の勘定であるから、同一金額を対照勘定に両建処理をすることは当然のことである。

従って、別注勘定は、被控訴人の言うような非公開の帳簿即ち簿外経理処理をさすものではない。また、別注仕入と別注売上が同一金額であることは何の問題もなく、むしろ金額が異なるとすれば、そのほうが問題である。

別注勘定を設けないときは、「学ラン」の売上は純額が記帳されるため、田川からの仕入が仕入元帳上記帳されず、別途備忘台帳である本件仕入れノート(乙七)にのみ記帳されることになる。別注勘定を設けることにより、この田川からの仕入も別注仕入に記帳されるが、利益の計上ということではいずれでも関係ないものである。勿論、これにより利益が隠蔽されたことはない。

にもかかわらず、被控訴人が、別注勘定を利益隠蔽のための簿外勘定と誤認したことが本件の発端である。控訴人において、再々にわたりこの点を釈明しているにもかかわらず、また、存在する帳簿により実額計算が充分可能であるにもかかわらず、被控訴人はこれらに耳を藉そうとしなかったものである。

(二) 別注勘定のような両建経理は、被服縫製業、特に縫製の下請けをして工賃を得る工賃縫製業者の経理ではよくみられる経理処理である。しかも、控訴人の本件仕入れに関する両建経理は、原審でも述べたとおり(原判決三〇枚目表一行目から一一行目まで)、前々回調査における広島国税局直税部資料調査課の東原調査官の指導により、昭和五六年五月末には両建経理処理による記帳整理をし、同調査官も右記帳整理による確定申告を認めたものである。そして、控訴人は、その後の年度についても右両建経理処理を行い、それは国税当局の前回調査においても是認されていたものである。また、新大阪センイシティー内にある控訴人の大阪店の取引先に大阪工業大学付属高校、箕面学園等の学生服を取り扱う業者でタカハタという会社があるところ、同社との取引ではセンイシティーに出店のときから両建経理を行っているが、被控訴人は現在までこれを認めている。

ところが、被控訴人は、別件査察事件における田川に対する反面調査によって、いかにも偶然に別注勘定を発見したごとくにして、本件調査においてこれを問題とするに至ったもので、ためにする調査といわざるを得ない。

3  本件青色申告承認取消処分の理由の不備について(抗弁1の(三)に対する反論)

被控訴人は、本件青色申告承認取消処分の理由を、同処分の通知書、審査請求にかかる答弁書、同処分にかかる裁決書とで転々と変遷させているが、これは、争点を不明確にし、控訴人の攻撃防御をことさら困難にするものであって許されない。

また、その理由自体不備で、何ら非違事項に該当するものでないばかりか、本件青色申告承認取消通知書の付記理由<1>には「別注仕入を備付帳簿に記載していない」としながら、付記理由<3>では「総勘定元帳の売上、仕入の科目にそれぞれ別注勘定を設けて別注仕入を記帳している」としているもので、明らかにその理由付記自体に矛盾がある。

4  簿外預金について(抗弁2の(二)の(2)に対する反論)

(一) 被控訴人は、原判決添付別表七の預金を控訴人の簿外預金(公表外定期預金、借名預金、仮名預金)と主張するが、これら預金は、控訴人の事業にまったく関係を有しない当該名義人個人の貯蓄預金である。

(二) 借名預金(財産形成預金)について

財産形成預金は預け入れは誰でも可能であるが、解約とか引き出しは名義人本人でないとできず、仮に控訴人がこれを簿外預金として行おうとしても、名義人本人と結託でもしないかぎりできないものである。控訴人には、そのような財産形成預金を預け入れた事実も引き出した事実もなく、また、それらを行う必要もなかった。これらは、被控訴人が一方的に借名預金としているに過ぎない。

なお、控訴人の家族ら名義の財産形成預金は、次のような経緯を経て、当初の普通預金が財産形成預金に移行、形成されたものであり、それらが各名義人の預金であることには何ら変わりがない。

控訴人は、事務服、学生服の縫製等事業を同人の弟四人らと共に経営してきたが、度々の国税当局の指導により、その事業資金の資金繰りについては、右兄弟らが毎月の給与の中から二~三万円を積み立て、これを控訴人が事業の資金繰りに借り受ける方式を採用した。そのため、大中幸一(次弟)、大中荘弘(四弟)、大中孝枝(妻)、大中嘉代治(実父)は、昭和四二年一〇月一九日から、大中清一(三弟)は、昭和五〇年四月二二日から、いずれも広島銀行児島支店に普通預金口座を開設した。控訴人は、これら預金から事業に必要な資金を借り入れ、また、返済してきたもので、それら貸付及び返済はすべて控訴人の総勘定元帳を通して計上され、裏帳簿ないし簿外で運用したことはなかった。右普通預金は、昭和五五年三月一一日以後は次々に有利な財産形成預金に移行していったので、それぞれ解約することとなった。財産形成預金となってからは、簡単に中途解約ができないため、控訴人の事業の必要に対応できず、控訴人の資金繰りに使用することはなかった。但し、大中嘉代治の普通預金は、控訴人の事業に関する電気代、水道代、電話代等の公共料金の引き落としに使用されていたことから、同人の口座は名義人を控訴人の妻の大中孝枝に変更して現在に至っており、また、大中幸一の普通預金も継続して現在に至っている。

(三) 仮名預金(石井一也、片山晃二名義)について

石井一也、片山晃二名義の預金については、被控訴人は、預金者の登録した住所地に居住家屋が存在しないという理由だけで控訴人のものと断定している。しかし、これら預金は、そもそも控訴人のものでも、仮名預金でもない。原審でも述べたとおり(原判決三三枚目表四行目から一一行目まで)、預金獲得競争に追われる銀行員が作り上げたまったく架空のものである。

(四) 証拠の偽造(乙一四)について

林延次郎に対する聴取書(乙一四)には、控訴人が従業員の名義で財産形成預金をしていた証拠として同人に示した井原憲一名義の財産形成非課税貯蓄(住所異動)申告書が添付されている。しかし、控訴人には井原憲一なる従業員はおらず、同人は控訴人とはまったく関係がない。同申告書の勤務先欄も白地のままである。ところが、欄外に「大中被服」と手書きの書き込みをして、これがあたかも控訴人と関係があるかのように装っているもので、右申告書は明らかに偽造されたものである。このように、被控訴人は、証拠を偽造してまで自己の主張を裏付けようとしているのである。

第三証拠関係

記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因について

請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁1(本件青色申告承認の取消処分の適法性)について

(一)  所得税法一五〇条一項一号該当性

次のとおり付加訂正等のうえ、原判決三五枚目表一二行目から同四一枚目表一二行目までを引用する。

(1) 原判決三五枚目表一二行目「一一の1」を「一一の1・2の各2」に改め、同一三行目「乙ないし五、」の次に「九、」を、同行「二七、」の次に「三六、」を各加える。

(2) 同三五枚目裏八行目「振替伝票等の帳簿」を「振替伝票、売掛帳等の帳簿書類」に、同一〇、一一行目「同人から本件仕入れノート等提示のあった年分の帳簿を預かった。」を「同人から提示のあった帳簿等を預かった。」に、同三六枚目裏九行目「本田豊主査」を「本田豊統括主査」に各改める。

(3) 同三七枚目表五行目「抗弁に対する認否1(一)記載」を「抗弁に対する認否1(一)(1)記載」に、同七行目「一一の1」を「九の2、一一の1・2の各2」に各改め、同裏三行目「原告自身」の次に「その本人供述中で当日持参していないことを」を加え、同七行目「甲一一の1の2」を「甲一一の1・2の各2」に改める。

(4) 同三八枚目表二行目「所得税法一四八条」の次に「一項」を加え、同三九枚目表七行目「(同法一五〇条一号)」を「(同法一五〇条一項一号)」に改める。

(5) 同四〇枚目表五行目から同裏三行目までを次のとおり改める。

「控訴人は、本件現金出納日計表は、前回調査で調査が終わり、使う必要がなくなったので、自宅に持ち帰り倉庫に保管していたがその存在を忘れていたものであり(その後それを発見して提示を申し入れたとの控訴人主張が採用できないことは前記認定のとおりであり、それからすると、右主張も疑わしいが、その点はさておく。)、右倉庫が所得税法施行規則六三条に定める保管場所といえないとしても、本件現金出納日計表は前回調査で調査当局が実査済みであり、既にその内容は確認されたものであるから、その後その保存場所を失念し、提出が遅れたとしてもそれほど論難されることではないし、昭和五五年九月ころから行われた前々回調査の際にも、控訴人は、昭和五五年分の現金出納日計表を含む帳簿書類のすべてを調査当局に提示してその指導を受けており、当該現金出納日計表の存在とその内容の信憑性を原処分庁は熟知していたものであると主張する。しかし、前記したとおり、控訴人としては、本件現金出納日計表を所得税法施行規則六三条所定の期間、常にこれを税務署の当該職員の提示閲覧に応じうる状態におくことが義務づけられているのであって、前々回ないし前回の調査の際これを提示したとの控訴人主張事実が仮に認められたとしても、そのことによって前記義務が免除されるわけではないから、控訴人が本件現金出納日計表の提示をしなかったことに正当な理由があると認めることはできない。」

(二)  所得税法一五〇条一項三号該当性

(1) 証拠(甲七の3、6、三一の1ないし4、三六の1ないし5、四〇の1ないし4、乙三、五、七、八の1ないし3、九、一一、一二の1ないし3、一五、二〇ないし二三、二八、二九、三八、三九の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

控訴人は、学生服等の製造販売を行う業者であり、児島店において製造した学生服等を大阪店において販売しており、その売上のほとんどは大阪店の売上である。大阪店の責任者は清一であった。大阪店での販売形態は素人客(学生が主体)に対する現金売り、業者に対する現金売り、業者に対する掛売りに分かれるが、売上のほとんどは現金売りによるものであった。大阪店にはレジスターはなく、いわゆる売り溜まり方式で管理され、清一は、日々の売上金がある程度たまった時点で、従業員の給料や大阪店の諸経費等を差し引いた額を、一〇〇万円単位で銀行に入金のうえあるいは現金のままこれを児島店に送金していた(右送金は控訴人の公表帳簿上「本支店勘定」で処理されている。)。

控訴人は、通常の学生服では大手の企業に太刀打ちできないと考え、昭和五一年ころから漫画の題材にヒントを得て学ランの試作を始めた。昭和五四年になると大手学生服メーカーが学ランの大量生産に踏み切るほどの大ブームとなり、それと同時に業者間の競争も激しくなったが、控訴人は、業者間競争にも生き残り、学ランの製造、販売を引き続き行ってきた。

控訴人は、主として田川から学生服(学ランを含む)の原反を仕入れていたが、右田川との間で公表仕入れのほかに、原判決添付別表三、四の1ないし4記載のとおりの上様あるいは仮名名義の現金による仕入れ(本件仕入れ)を行っていた。

控訴人は、本件仕入れに関して、本件各年分の総勘定元帳、現金出納日計表、振替伝票に、大阪店分においては、<1>別注仕入相当額(本件仕入れ金額と同額である。)の別注売上金額を計上したことを示す仕訳〔(借方)現金勘定 (貸方)別注売上勘定〕、<2>別注仕入相当額の現金を児島店に渡したことを示す仕訳〔(借方)児島店に対する別注勘定 (貸方)現金勘定〕を記載し、児島店分には、<3>別注仕入相当額の現金を大阪店から受け入れたことを示す仕訳〔(借方)現金勘定 (貸方)大阪店に対する別注勘定〕、<4>別注仕入を現金で支払ったことを示す仕訳〔(借方)別注仕入勘定 (貸方)現金勘定〕を記載している。

但し、現金出納日計表については、昭和五七年分は右に関する記帳は成されておらず、また、昭和五五年分及び昭和五六年分のうち同年五月一九日以前のものは記帳はなされているが括弧書きで右に関する記帳がなされている。その他、別注仕入の青色申告決算書や、帳簿等への記載状況は原判決添付別表一〇(但し、同表二行目の昭和五七年分の別注仕入金額が「二〇、五六一、一二三円」とあるのは、「二〇、九四七、六六三円」に訂正する。)記載のとおりであり、本件仕入れにつき、仕入帳には記載がないし、別注仕入は昭和五五年分、昭和五六年分の青色申告の際の青色申告決算書の仕入額には反映されていない。

(2) 本件仕入れ及びその記帳の関係について、被控訴人は、本件仕入れは上様や仮名名義を利用した現金による簿外仕入れであり、別注売上は公表帳簿との辻褄をあわせるための架空売上の計上であって、本件仕入れに係る売上は帳簿に計上されていないと主張し、一方、控訴人は、本件仕入れに係る売上げは現実に帳簿に記載しており、別注仕入、別注売上、別注勘定による処理は、本件仕入れ代金を大阪店の現金売上の一部を児島店に現金輸送し、それにより支払っていたことから、右処理のための実質的な本支店勘定として記帳したものであって、損益には影響しない等反論する。

しかし、前記(1)で認定のとおり、大阪店では、必要経費を支払った後の売上金は、一〇〇万円単位で児島店に送金されていたもので、本件仕入れ代金に限って、これとは別に、本件仕入れの当日大阪店から現金輸送してその支払いにあてていたというのはおよそ非現実的な処理であり、にわかには措信し難い。帳簿上の処理としても、本件仕入れ代金が大阪店の売上を現金輸送することによって支払われていたものであったのなら、前記一〇〇万円単位での大阪店の売上の送金と同様、本支店勘定によって処理すればよく、これとは別の実質的な本支店勘定を改めて設ける必要は何らないはずである。

証拠(乙二〇)によれば、昭和五五年分及び昭和五六年分の大阪店の現金出納日計表の別注売上に関する部分(別注勘定分)は、月毎にまとめて一枚に記帳され、それ以外の取引に関する部分(日々記帳分)は、日々現金出納が記帳されているが、大阪店の売上が現金出納日計表にすべて計上され、そのうちから本件仕入れ代金が児島店に送金されたとの控訴人主張に従えば、それらによる入出金の動きは、大阪店における現金出納日計表に日々記帳分にも当然これが反映されているはずである。ところが、これが反映されていないことは、原判決四四枚目裏七行目から同四六枚目裏三行目までに記載のとおりである。また、大阪店、児島店とも、本件各年分の現金出納日計表の期首の現金残高を基に、各月末の現金残高から各月末までの本件仕入れの累計額を差し引いて各月別の月末現金残高を計算すると、その残高は概ね赤字になり(乙三、一〇、二〇ないし二三、証人三嶋至。ちなみに昭和五五年分及び昭和五六年分は原判決添付別表六の1、2のとおりである。)、大阪店、児島店双方の公表現金からは、本件仕入れ代金を支払うことができないという不合理な結果が生じる。これらは、控訴人の現金出納日計表には、控訴人の売上のすべてが計上されていないことを示すものにほかならない。また、控訴人は、本件仕入れが仮名及び上様名義を用いた現金支払の取引であったのは、田川からの要請によるものであり、控訴人が本件仕入れを仮装、隠蔽したことはないと主張するが、これが認められないことは、原判決四三枚目裏八行目から同四四枚目裏二行目まで及び同四八枚目表末行から同四九枚目裏六行目までに記載のとおりである(但し、原判決四八枚目裏八行目「(一)(3)」を「(1)」に、同四九枚目表一二、一三行目「前記」から同裏一行目「以降であるのに」までを「別表四の1に明らかなとおり、本件仕入れにおける仮名名義の使用は昭和五五年四月一四日以降であるのに」に、同裏五、六行目を「本件仕入れが全部記載されている訳ではなく、その記載のある分についても、本件仕入れの都度なされていたか疑わしく、また、その記載に田川が関与していたとも認められない本件仕入れノートが、結果的に本件仕入れのうちの昭和五五年三月一八日から昭和五七年一二月二八日までの分と一致しているからといって、控訴人が本件仕入れを仮装、隠蔽したことのないことを裏付ける証拠となり得るものではない。」に改める。)。そして、それら事実と、前記(1)のとおり控訴人の売上はほとんど大阪店における現金売上であり、かつ、大阪店にはレジスターの設置はなく、売り溜まり方式で管理されており容易に売上除外できること、控訴人の原反(表生地)一反当たりの売上金額は、原判決添付別表五記載のとおり類似同業者の原反一反当たりの売上金額に比較して著しく低額であること(乙一ないし三)、後記(3)のとおり、本件仕入れに関する別注勘定の記帳は後日記帳がなされたものであること等にも照らすと、本件仕入れは、簿外の仕入れにほかならず、かつ、その仕入れ代金の支払いは、大阪店の売上を一部除外することによってなされたことを推認させるものであり、かつ、これを糊塗するため、本件仕入れを別注仕入として計上するとともに、これと同額の架空の別注売上を計上したものと推認できる。控訴人は、右別注売上の計上を備忘勘定であるとして正当な処理であるかのように主張するが、控訴人の帳簿には本件仕入れに係る売上も記帳されていたとの控訴人主張を前提とすれば、本件仕入れを別注仕入れとして計上すれば足り、これに対応する同額の別注売上を同時に計上する必要はないはずである。控訴人が、それにもかかわらず、別注売上を計上したのは、本件仕入れを別注仕入として記帳処理すると、公表現金が赤字になるという不合理が生じることから、その辻褄をあわせるためであったというほかない。

なお、控訴人は、本件調査当時担当調査官に対し、現金出納日計表には総売上を記載した後に、二本線で別注仕入額を引いた額に減額訂正している旨説明しているが(乙一八)、本件各年分の現金出納日計表にそのような訂正記載はない(乙三、二〇ないし二三)。

控訴人は、当審では、大阪店の売上額は別注仕入による引出額を控除した当日の有高となる旨主張し、前記指摘した不合理の解消を図ろうとするが、これは、逆に、大阪店の売上はすべて帳簿に計上しているとの控訴人主張を自ら否定するものにほかならない。

さらに、控訴人は、別注勘定のような両建経理は、被服縫製業、特に縫製の下請けをして工賃を得る工賃縫製業者の経理では良くみられる経理処理であるうえ、控訴人における両建処理は、前々回調査における広島国税局直税部資料調査課の東原調査官の指導によるもので、前回調査でもこれが是認されてきた、そのことは、タカハタという会社と控訴人との取引に関しては、現在まで両建経理が認められていることからも裏付けられる旨主張する。しかし、控訴人は、工賃縫製業者ではなく、製造販売業者であるから、工賃縫製業者においては両建経理がなされるからといって、控訴人の両建処理が正当化されるものではない。また、控訴人の本件仕入れに関する別注勘定等による両建経理処理を、東原調査官が指導し、あるいはこれを前回調査の際国税当局が是認したような事実のないことは、証拠(乙一六、弁論の全趣旨)によってこれが認められるから、控訴人のこの点の主張は認められない。タカハタとの取引も、証拠(乙四〇ないし四二)によれば、控訴人の帳簿上、昭和五五年三月三一日タカハタから生地の仕入れがなされ、その仕入れ代金と控訴人のタカハタに対する売掛金とが相殺処理がなされていることが認められるにとどまり、別注勘定による両建処理がなされている訳ではないから、これをもって控訴人の主張を裏付けるものとはいえない。

(3) 控訴人は、別注勘定の会計帳簿への記載につき、前記(1)で認定の昭和五五年分及び昭和五六年分の現金出納日計表に括弧書きで記載されている部分は後に追加記帳したものであること並びに昭和五七年分の現金出納日計表には別注勘定の記帳のないことは自認するものの、昭和五五年分及び昭和五六年分については本件調査前に計上しているからその瑕疵は治癒されている、また、昭和五七年分については、振替伝票から総勘定元帳に直接転記する方法に変更したもので適正な処理であるとも主張する。

しかし、前記したとおり、別注勘定の記帳は、本件仕入れの判明によって明らかとなった売上除外を糊塗するための記帳にほかならず、追加記帳することによって、瑕疵が治癒されるものではない。のみならず、控訴人の現金出納日計表が、所得税法一四八条一項により備付け等を義務づけられている所得税法施行規則六三条一項一号所定の帳簿に該当し、他の書類によって代用できる帳簿ではないことは、前記(一)(所得税法一五〇条一項一号該当性)において認定したとおりであり、その記帳は、所得税法施行規則五七条に従い、正規の簿記の原則に従い、整然と、かつ、明りょうに記録しなければならず、また、貸借対照表及び損益計算書はその記録に基づき作成しなければならないものである。即ち、控訴人が、現金出納日計表に、別注勘定取引を後日別途に追加記帳し、あるいはこれを記帳せず、また、昭和五五年分、昭和五六年分の青色申告に際し別注取引を反映させなかったことは、それ自体が所得税法施行規則五七条に違反する行為にほかならない。

ところで、控訴人は、昭和五五年分及び昭和五六年分の現金出納日計表に別注仕入を追加記帳したのは、括弧書きで記載した昭和五六年五月一九日以前の分であり、同年五月末までに、東原調査官の指導を得て両建経理による記帳整理をまとめて行い、同月二〇日以降は日々記帳していると主張する。

しかし、東原調査官による指導のなかったことは前記(2)で認定したとおりであり、また、仮に、昭和五六年五月二〇日以降は、別注仕入を日々記帳していたのであれば、昭和五六年分の青色申告の仕入額には別注仕入の額が反映されて然るべきであるのに、これが反映されていないこと(前記(1)認定)、控訴人及び早川彰税理士は、本件調査の際には、昭和五七年分については当初から別注仕入を現金出納日計表に記帳していると答えていた(乙一七ないし一九)にもかかわらず、実際には、控訴人も自認するとおり昭和五七年分の現金出納日計表には別注仕入の記載はなされておらず、かつ、振替伝票から直接総勘定元帳に転記した理由につき合理的な説明はなされていないこと、控訴人が主張する昭和五六年五月一九日以前と同月二〇日以降との現金出納日計表における別注仕入についての記帳方法の差異は括弧書きがあるかないかだけに過ぎず、大阪店の現金出納日計表の別注仕入に関しての記載は、日々記帳分とは別に一か月分が一枚の現金出納日計表に記帳され、これが綴りこまれていること(乙二〇、二一)、大阪店の現金出納日計表のうち、別注売上に関する記帳部分とそれ以外の日々記帳分とでは筆跡が異なっていること(乙二〇)、別注売上に関する記帳部分の筆跡は昭和五六年五月一九日以前も以降も同じ筆跡であり、しかもその筆跡は、児島店の現金出納日計表の別注仕入に関する記帳部分の筆跡と同じであること(乙二〇、二一)、仮名及び上様名義の本件仕入れが発覚したのは、田川が別件で調査を受けた昭和五八年二月一六日であること(乙三)等を総合すると、昭和五五年分及び昭和五六年分の現金出納日計表の別注仕入に関する記帳は、本件仕入れが発覚した昭和五八年二月以降に一括して児島店において追加記帳をしたものと認めるのが相当である。

控訴人は、別注仕入に関する振替伝票は、本件各年分につき日々作成していた旨供述し、早川彰税理士もこれに沿う証言をする。しかし、証拠(甲三一の1ないし4、三六の1ないし5、四〇の1ないし4、乙六、一七、二八、二九、弁論の全趣旨)によれば、控訴人は、本件調査の際には、別注仕入は大阪店ではまったく分からないことなので、児島店でその調整処理を行ったものであると答え、少なくとも大阪店では別注仕入に関する振替伝票を日々作成していなかったことを認めていたこと、大阪店、児島店ともに別注仕入に関する振替伝票はそれ以外の取引の振替伝票とは別に作成されているうえ、別注仕入れに関する以外の取引の振替伝票には、現金出納日計表への転記の際にしたと思われるチェックの形跡が残っているのに、別注仕入に関する振替伝票にはチェックした形跡がないことに照らすと、別注仕入に関する振替伝票もまた、前記現金出納日計表と同様、本件仕入れの発覚後、一括して作成されたものと認めるのが相当である。

本件仕入れノートは、本件仕入れの全部が記載されているものではなく、また、記載のある分についてもその仕入れの都度に記載されていたものであるか疑わしいものであって、本件仕入れの裏付けとなる証ひょう書類とは到底言えないことは、既に認定したところ(前記(2)〔原判決四三枚目裏八行目から同四四枚目裏二行目まで及び同四八枚目表末行から同四九枚目裏六行目まで〕)から明らかである。

主要簿である総勘定元帳における別注仕入れに関する記録は、現金出納日計表ないし振替伝票に基づいてなされたものであるから、後日、追加記帳ないし作成された現金出納日計表ないし振替伝票の記載が反映されているに過ぎない。

(4) 以上認定したところからすると控訴人は、売上除外金から上様及び架空名義の本件仕入れを行ったにもかかわらず、これを現金出納日計表等の帳簿に記載せずにいたところ、このことが発覚したため、その後になって、これを仮装、隠蔽するために別注勘定を設けて辻褄をあわせたものであり、また、昭和五五年分、昭和五六年分については、本件仕入れを反映させないで青色申告を行ったものである。そして、それらが昭和五五年分の控訴人の帳簿書類の記載事項全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由がある事実であることも明らかであるから、控訴人には、所得税法一五〇条一項三号に該当する事実があると認められる。

(三)  本件青色申告承認取消処分の理由付記の適法性

(1) 原判決五二枚目裏九行目から同五三枚目表五行目までを引用する。

(2) 控訴人は、本件青色申告承認取消通知書の付記理由<1>では「別注仕入を備付帳簿に記載していない」としながら、付記理由<3>では「総勘定元帳の売上、仕入の科目にそれぞれ別注勘定を設けて別注仕入を記帳している」としているもので、理由付記自体に矛盾がある旨主張する。しかし、付記理由<1>は、控訴人が、当初備付帳簿に本件仕入を記載していなかった事実を記載したものであり、付記理由<3>は、昭和五八年二月一六日以後に総勘定元帳の「売上」、「仕入」の科目のそれぞれに「別注勘定」を設けて別注仕入を記帳していることを記載したものであることは、その記載自体から明らかであり、何ら矛盾するものではない。

(3) 控訴人は、被控訴人が、本件青色申告承認取消処分の理由を、同処分の通知書、審査請求にかかる答弁書、同処分にかかる裁決書とで転々と変遷させており、これは、争点を不明確にし、控訴人の攻撃防御をことさら困難にするものであって許されないものとも主張する。

しかし、証拠(甲三、八の1、一七の2)によれば、被控訴人は、本件青色申告承認取消処分の理由として、審査請求にかかる答弁書、同裁決書においても一貫して本件現金出納日計表の不提示や本件仕入に関する証ひょう書類不保存等の事実を主張してきたもので、本件青色申告承認取消処分の通知書に記載の事実とまったく異なる別個の事実を処分理由として付加したり、処分理由を変更したような事実は認められず、この点の控訴人主張も採用できない。

2  抗弁2(推計の必要性)について

(一)  控訴人の本件各年分の帳簿書類の記載が、本件仕入れに関連して、その全体の正確性、真実性が疑わしいこと、そして、控訴人の売上のほとんどが大阪店での現金売上であり、同店にはレジスターの設置がなく、売上は売り溜まり方式で管理されることから容易に売上除外をすることができ、本件仕入れ代金も右売上除外した簿外資金がこれに充てられたと推認できることは前記1で認定したとおりである。

(二)  右に加え、以下に認定のとおり、控訴人には、原判決添付別表七のとおりの控訴人に帰属する借名預金及び仮名預金のあることが認められ、かつ、それらは、売上除外資金によって形成されたものと推認できる。

(1) 借名預金

これら借名預金は、控訴人の家族及び従業員名義の財産形成預金(以下、「財形預金」という。)であるところ、控訴人は、いずれも各名義人に帰属する預金であり、従業員名義の預金には関与していない旨、また、家族名義(大中幸一〔次弟〕、大中清一〔三弟〕、大中荘弘〔四弟〕と大中孝枝〔妻〕)のものは、従前普通預金であったものが財形預金に移行したもので、普通預金当時は、控訴人の事業運営資金に借用していたが、財形預金になってからは借用したことはなく、いずれにしても各家族の預金であることには変わりがない旨反論する。

しかし、財形預金は事業主である控訴人の関与なしにはなされ得ないものであり、従業員名義の財形預金に控訴人は関与していないとの反論は到底採用できないばかりか、証拠(甲七の4、5、乙三、一四、一五、一九、三四、三五、四三)によれば、これら預金の預け入れを控訴人が一括して行い、その証書類も家族名義及び従業員名義のもののいずれとも控訴人が保管し、各名義人には交付していないこと、また、従業員に手渡す給料明細書にもこれを記載していないことがそれぞれ認められる。そして、右預金のうちには、大阪店の従業員名義のものもあるところ、本件調査に際し、大阪店の責任者の清一は、従業員給料の支給時には社会保険や失業保険等の保険料と源泉所得税を天引きしていただけで、財形預金分を天引きないしは預かって児島店に渡した事実はない旨答えており(乙三、五)、また、右名義人とされている大阪店の従業員であった林延次郎及び西坂賢弘は、右預金の存在を知らず、財形預金非課税貯蓄申込書の筆跡についても自らのものではない旨答えていること(乙一四、一五)、さらには、林延次郎は昭和五七年六月で退職しているのに(乙一四、三〇、三一)、財形預金は退職後の同年八月までなされていること(乙三四)、右各預金の預け入れ額はいずれも同額で、かつ、毎月五万円と(乙三四、三五)、その名義人とされた各従業員の給与額に比し高額で不自然であること(林延次郎の昭和五七年当時の手取り額は約一七万円ないし二〇万円、西坂賢弘の五六年当時の手取り額は二一万円ないし二三万円、原礼子の昭和五六年当時の手取り額は八万円ないし一一万円である。乙三〇、四三)をも総合すると、これら預金は、従業員名義、家族名義のいずれもが控訴人に帰属するものと認めるのが相当である。

なお、控訴人は、乙一四号証(林延次郎に対する聴取書)に添付の資料のうち、井原憲一分は被控訴人が偽造したものと主張するが、右資料が被控訴人によって偽造されたことを窺わせるような証拠はないし、被控訴人が井原憲一名義の借名預金があると主張している訳でもないから、この点は右認定を何ら左右するものではない。

(2) 仮名預金

控訴人は、これら仮名預金は、控訴人とは無関係で、預金獲得競争に追われる銀行員が作り上げた架空の預金であると主張する。しかし、その主張自体にわかに措信しがたいし、むしろ、控訴人は、本件調査の当初において、本件仮名預金を預け入れた事実を認めていたこと(乙三、一七)、石井及び片山の名義は、仮名及び上様名義でなされていた田川との本件仕入れにおいて使用されていた名義でもあることからすると、これらの預金も控訴人に帰属するものと認めるのが相当である。

(3) 以上のとおり、借名預金及び仮名預金はいずれも控訴人に帰属するものと認めるべきところ、控訴人の公表事業主報酬は、原判決添付別表七のとおりであって(甲一の1ないし3の各2)、右によって前記預金を形成することは不可能であること、前記のとおり控訴人の売上のほとんどは現金売上であるうえ、売上は売り溜まり方式で管理され、容易に売上除外をすることができること、その会計帳簿の記載も信用性がないことからすれば、前記借名預金及び仮名預金は、控訴人の売上を除外した資金から形成されたものと認めるのが相当である。

(三)  以上によれば、控訴人の本件各年分の所得金額の実額を控訴人の帳簿書類によって把握することができないことは明らかといえるから、推計の方法による課税の必要性が認められる。

3  抗弁3(推計の合理性)について

次のとおり付加訂正等のうえ、原判決五四枚目裏二行目から同五八枚目表三行目までを引用する。

(一)  原判決五四枚目裏三行目「乙二、三、一一、」を「乙一ないし三、」に改める。

(二)  同五五枚目表二行目「二、三、一一、」を「乙一ないし三、八の1ないし3、一一、」に、同六行目「金額として」を「金額のうち」に、同一〇行目「前記二2(二)(4)」を「前記二1(二)(2)ニ」に各改める。

(三)  同五六枚目表四、五行目「昭和五四年」から同八行目「進むようになったこと、」までを「昭和五四年ころから大手学生服メーカーが学ランの大量生産に踏み切るほどのブームとなったこと、それと同時に業者間の競争も激しくなったが、控訴人は、業者間競争にも生き残り、学ランの製造、販売を引き続き行ってきたこと、」に改める。

(四)  同五七枚目表八行目「他方、」を「学ランの製造が専門ではないし、その作業も手作業でしていることから利益率も低いのに対し、」に改め、同九行目「学ラン専門の会社」の前に、「、学ランブームに便乗して学ランを大量に生産、販売して高収益をあげた」を加える。

4  抗弁4ないし6について

これについても、当裁判所の判断は、つぎのとおり付加訂正等するほかは原判決の理由説示と同一であるから、原判決の当該理由部分を引用する。

(一)  原判決五八枚目表六行目「証拠(乙三、証人三嶋至)及び」を「証拠(甲六の3ないし5、乙一ないし三、証人三嶋至)並びに」に改める。

(二)  同五九枚目表三、四行目「昭和五九年分の再更正処分」を「本件再更正処分」に、同五行目「甲一の4、一四の2)」を「(甲一の4、七の7、一四の2、一七の2、乙三七)」に各改め、同七行目「申告において、」の次に「別表一一、一二の各『原告の申告額』欄記載のとおり申告し、」を、同行の「各事業専従者」の次に「(大中孝枝ら四名)」を各加え、同裏一行目「算入せずに、」を「算入できないから、」に、同二、三行目「右各決算書に従って計算する。そうすると、」を「計算すると、」に各改める。

(三)  同六〇枚目裏二、三行目「控除しているが」の次に「(乙三七)」を加える。

(四)  同六一枚目表九行目「前記5(一)」を「前記5」に、同一〇行目「本件更正処分及び再更正処分」を「更正処分及び本件再更正処分」に、同末行「認められる。」を「認められるから、」に、同裏三行目「に該当するとの主張、立証はないから、」を「があるとは認められない。」に各改める。

(五)  同六一枚目裏一一行目「租税特別措置法二五条の三第三項三号」を「租税特別措置法二五条の二(昭和五八年法律第一一号による改正前のもの。みなし法人課税を選択した場合の課税の特例)」に、同六二枚目表四行目「前記1(二)認定のとおり」を「既に認定のとおり」に、同末行「課税標準」を「課税標準等」に各改める。

5  本件調査の適法性について

控訴人は、本件各処分は、広島国税局直税部(現課税第一部)資料調査第二課の三嶋実査官が別件の査察事件で田川に対して行った反面調査によって得た資料に基づきなされたものであるとし、別件の強制調査によって得た資料をこれとは別個の本件任意調査に引用することは、本件の調査における質問検査権(所得税法二三四条)を侵害し、また、査察官の秘匿義務違反であるとして、本件各処分には手続違法があると主張する。

しかし、所得税法二三四条二項の規定は、同条一項による国税庁、国税局又は税務署職員の質問検査の権限を犯罪捜査に利用することを禁止する趣旨の規定であって、国税反則取締法に基づく調査によって得られた資料を課税処分を行うための資料として事後的に利用することまで禁じているものではないから、同法に基づき収集された資料を課税庁が所得税の課税資料や青色申告承認の取消処分を行うために利用することは何ら違法ではないと解され、控訴人の主張は採用することができない。

三  結論

以上によれば、控訴人の請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅田登美子 裁判官 小澤一郎 裁判官 上田昭典)

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